■ 医事紛争Q&A  (平成8年5月16日 北海道医報掲載)
 
「診療録の記載事項」    
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


私の病院で医療事故が発生しましたので、カルテのコピーを添付した医療事故報告書を地元医師会に提出しました。ところが、医師会の担当委員の先生から「患者の症状に関するカルテの記載が不備なので、有責、無責の半断ができない。もっと詳しく書くように」と言われました。私はもともとカルテを詳しく書くよりも診察や患者とのコミュニケーションに時間をかける主義で、カルテはできるだけ簡潔に記載しており健康保険の請求に関係のない事項は、ほとんど書いておりません。私は多忙のため、長年このやり方でやってきたので、今更カルテの記載が不備と言われても困ります。対策をご教示下さい。


医師法24条は、診療録の作成、保存を義務付けており、医師法施行規則23条は、診療録の記載事項を次のとおり定めています。
「1 診療を受けた者の住所、氏名、性別及び年令 2 病名及び主要症状 3 治療方法(処方及び処置)4 診療の年月日 」
従って、この規則では、患者の症状のすべてを書く必要はなく、病名及びその病名診断の根拠となった主要症状が書いてあればよいことになりますが、医療過誤の有無を判断する場合にはそれだけでは十分ではないので、医事紛争処理委員会では、できるだけ詳しい記載をするように指導しているのです。
カルテの記載が多少不備でも法律違反ではありませんが、医療過誤訴訟の場で医療行為の正当性を認めてもらうには、大変不利になります。法廷に提出されたカルテの記載が不十分だと、裁判官は、医師が誠実に診療していないのではないかという先入観を持ちますので、「健康保険の請求に関係のない事項は書かない」などという方針は、即刻改善すべきでしょう。


【質疑応答】

A医師:カルテの記載不十分のために裁判が不利になる場合、医師側の弁護士としては、どうやってカバーしておられますか。

黒 木:弁護士としては、診断や治療方針決定の根拠となった症状や所見がカルテにきちんと書いてあって、素人の裁判官が見ても「なるほどこれだけの事実があったから、こうしたのか」と納得してもらえることが、最低限度必要だと考えていますが、その程度に書いてあるカルテは、ごくわずかです。そこで、まず、第一に、看護記録、温度板、分娩記録などで補充します。裁判所は、看護婦が記載したものでも、診療当時作成された記録であれば証拠価値を認めてくれます。 第二に、間診票や紹介状、患者や近親者の手紙なども重要な資料となります。そして、最後に医師の証言で補足しますが、証言は信用されるとは限りません。

A医師:医師自身が詳細な記録をするのが無理な場合、どんな対策がありますか。

黒 木:看護婦や医療秘書などを教育して医師の診察に立会わせ、十分な記録をさせることが第一です。これらの記録は、後日の証拠になりますから、誤字を訂正する場合でも修正液は絶対に使用しないで下さい。修正液を使用すると改ざんの疑いを受けます。
 第二に、診療の都度、患者に詳しい問診票を書いてもらいカルテに綴じることです。初診の時だけ問診票を書かせる病院が多いですが再診のときもやった方がよいでしょう。