■ 医事紛争Q&A  (平成8年12月1日 北海道医報掲載)

「被告の心得」その2 〜裁判で被告にされたらどうすればよいか〜  
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


@A「第15回」参照
B裁判のためにどんな準備が必要ですか。
C裁判のたびに私が診療を休んで出頭することは不可能です。毎回私が出頭しな ければなませんか。


医療事故で民事訴訟を提起された場合、被告医師がただちにやるべき主な準備は、次のとおりです。
1、医師賠償責任保険事故報告書の作成と提出
 日医医賠責の場合、被保険者である医師は、すみやかに地元医師会を通じて日医に事故報告書を提出する義務があります。地元医師会では、事実調査のうえ意見を付けて北海道医師会に提出します。道医の委員会ではこれを検討して有責、無責の意見を付して日医に付託し、日医の審査会で有責、無責の最終判断をします。地元医師会に提出してから日医の結論が出るまで通常3〜5か月くらいかかりますので、事故報告書は1日でも早く提出されることが望ましいのです。

2、弁護士の選任および答弁書の作成
 裁判対策として弁護士の選任を急ぐ必要がありますが、医療事故訴訟は特殊な分野ですから、弁護士なら誰でもやれるものではありません。現在、北海道内には約360名の弁護士がいます。北海道医師会などと協議して医療事故訴訟の経験豊富な弁護士を選任することが大切です。また、すみやかに答弁書を作成しなければなりませんので、弁護士との打合せは十分におやり下さい。依願した弁護士は、長い裁判を戦う戦友ですから、隠すことなく真実を報告することはもちろんですが、裁判の進め方についての希望や証拠の選択などに関する意見など、何でも気軽に話しができるような人間関係を作ることも重要です。

3、資料の整備
 裁判では、カルテ、X線写真など診療関係記録や医学文献が書証として提出され、関係した医師や看護婦が法廷で尋問されます。あらかじめ、それらの書類を準備し、証人の住所氏名のリストを作る必要があります。
その他の準備については、依頼した弁護士の指示に従って下さい。
問Cについて
訴訟代理人として弁護士を選任すれば、被告が裁判所に出頭する必要はありません。被告の医師は毎日の診療があるので、裁判には出席せず、被告の奥さんや病院の事務局員が医師の代わりに裁判を傍聴するというのが、通常のやり方です。ただし、弁護士がついていても被告自身が一度は出頭しなければなりません。それは、被告本人尋問といって、被告が法廷で弁護士や裁判官の質問に答える形式で、自己の診療の経過とその正当性を説明する時です。


【質疑応答】

A医師:問@のマスコミ報道ですが、医療事故裁判の新聞報道は、患者側の一方的な言い分ばかりを取りあげて病院を悪者にする傾向がありますね。

黒 木:確かに以前は、そういう傾向がありましたが、最近は少し違います。被告医師側の取材もして医師の主張もちゃんと載せてくれます。私の経験では、こちらから正しい情報を提供した結果、記事の掲載を取り止めたケースもあります。やはり、病院側の努力も必要でしょう。

A医師:そういえば、最近、病院が提訴されたという報道が少なくなりましたね。

黒 木:そうです。医師敗訴の判決が出てから書かれるのは仕方ありませんが、提訴されただけで報道するのは、おかしいのです。以前は、患者が提訴したと聞けばすぐ飛び付いたマスコミも医療事故裁判が増えてきたお蔭で、ようやく冷静になったようですね。

A医師:医師敗訴の場合には、報道されることが多く、医師勝訴の場合には、報道されないことが多いように思うのですが、どうですか。

黒 木:そういう傾向は、確かにあります。その主たる原因は、記者が医師敗訴判決に高いニュースヴァリューを認めていることと、医師敗訴の場合には患者側で記者会見をして勝利宣言をすることが多いからでしょう。

A医師:それなら医師勝訴の場合にも医師側で記者会見をして、医師の主張が正しかったと報道してもらうべきですね。

黒 木:理屈としては、そのとおりです。しかし、被告医師は、たとえ勝訴判決でも、報道されない方がよいと考えるので、マスコミに知らせないことを希望されるのが普通です。弁護士として記者会見をしたいと思っていても、依頼人の希望に従うほかありません。
私も医師側の弁護士としてこれまで医師勝訴の判決を多数勝ち取りましたが、勝訴の記者会見をしたのは、未熟児網膜症集団訴訟など著名な事件でマスコミ側から記者会見を強く要請された時だけです。

A医師:問Bの裁判の準備の件ですが、カルテの点検をしている時に「記載漏れ」があることが分かった場合、後から追加記載をすると文書の「改ざん」になりますか。

黒 木:記載をする権限のある人物(カルテなら医師、看護記録や温度表なら担当看護婦)が事実をありのまま追加記載する限り、改ざんには該当しません。しかし、原則としておやりにならない方がよいと思います。何故なら、たとえ真実を追記する場合でも、患者側から見れば、医師が責任を隠蔽するため有利なデータをねつ造したと誤解する恐れがあるからです。
従って、もし、どうしても追記する必要がある場合は、疑惑を避けるために、追加記載だということを明記しておく必要があります。

A医師:具体的にどうすれば、明記したことになりますか。

黒 木:通常の記載場所に潜り込ませたりせず、たとえば欄外などに赤で「何時何分○○の症状発現、何時何分△△の注射実施」というように記載し、その下に「○月○日追加記載」と付記し記載者が署名するとよいでしょう。あるいは、同じことをメモ用紙に書いてカルテに貼りつける方法もあります。
要は、後日法廷に提出した際に、裁判官が納得してくれるようなフェアーな処置をしておくことが大切です。

A医師:私は、まだ提訴された経験がないので、一度他の病院の医療事故裁判を傍聴したいと思うのですが、可能でしょうか。

黒 木:裁判は公開されておりますので、誰でも傍聴できます。しかし、何が争点なのか知らないで傍聴しても余り意味がないので、できれば、担当弁護士や被告医師から説明を受けたうえで法廷に行かれたほうがよいでしょう。

A医師:最後に、被告にされた医師の心構えを教えて下さい。

黒 木:医師は、交通事故など他人の裁判で警察官から意見を聞かれたり、証人として法廷で証言したりすることがありますね。そのような場合、判事も検事も医師を「先生」として遇し、その証言を疑わないのが普通です。ところが、被告として法廷に立つと状況は一変します。被告の発言は、自己弁護のために虚偽の弁解をしているのではないかという疑いの目で厳密に審査されますから、医師は孤独感や焦燥感に苦しみます。そこで、大切なのは、自己の診療に対する揺るぎない自信と同僚医師の激励や支援、そして依頼した弁護士との戦友としての連帯感です。