■ 医事紛争Q&A (平成9年3月16日 北海道医報掲載)
「医師賠償責任保険 」
北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎
A医師:今回は、いつもの読者からの質問と回答を取り止め、私が質問をさせていただきます。
先ず、私達開業医が一番お世話になっている日医医賠責の歴史からお願いします。
黒 木:私が医師会の顧問弁護士に就任した昭和47年当時、既に損保会社が医師賠償責任保険を発売していましたが、開業医には普及していませんでした。そのため、医療事故が発生すると、開業医の先生方は、自分でその解決に当たらなければならず、その結果、医事紛争は、医師と患者との「闘争」という色彩が強くなっておりました。その戦いに医師が負けた場合、医師は名誉や信用を失墜するばかりでなく、多額の賠償金まで自分で支払わねばならないという苦しい立場に置かれていました。
そのような状況の中で、昭和48年に日医が安い保険料で開業医を守るために、独自の医師賠償責任保険制度を考案しました。これは、日医A会員全員の強制加入で、保険料も日医の会費の中に織り込んで徴収するという画期的な保険でしたので、たちまち全国に普及し、医事紛争の解決に大きな役割を果たしてきたのです。
A医師:医賠責の普及は、医事紛争の解決にどのような変化をもたらしたのでしょうか。
黒 木:日医審査会で医師有責と判定された事件では、裁判を起こされる前に示談で解決する例が増加しました。その結果、医事紛争が急増しているにも拘らず、裁判所に提訴される事件数は漸増にとどまっています。
A医師:示談が成立すると、患者側に医賠責から示談金が支払われるわけですから、患者側が喜ぶことは分かりますが、医師にとってもメリットがあるのですか。
黒 木:はい。早期に示談が成立しますと、医師は、裁判闘争に時間やエネルギーを費やす必要もなく、敗訴判決が出た場合に発生する名誉や信用の失墜を免れることができます。しかも、示談金まで全額保険で補填されるのですから、こんな有難いことはありません。
A医師:医師にとっても示談のメリットが大きいということになると、早く示談したいばかりに医師が責任を認めてしまい、戦うべき事件でも戦わないという傾向が出てきませんか。
黒 木:そういう恐れがありますので、日医では、必ず、会員から事故報告書を提出させ、十分 診療経過を調査したうえで、有責、無責の判定をします。そして、有責の判定が出るまでは、示談交渉をしないよう指導しています。
A医師:日医医賠責が優れた保険だということは 分かりましたが、何か問題点はありませんか。
黒 木:第1の問題は、開業医の下で働く看護婦の過誤には保険金が出るのに、開業医の下で働く勤務医が起こした医療事故は、保険給付の対象にならないことです。その勤務医が日医のA2会員なら、医賠責が利用できるのですが、勤務医でA2会員になる人は、まだ、少数です。
第2の問題点は、日医の審査の結論が出るまで数ヶ月以上の時間がかかることです。そのため、医師の過失が明白な事件で、急いで示談を成立させる必要がある場合、患者側に示談を待ってもらうため、現場では大変苦労しています。
A医師:勤務医の過誤もカバーされる保険は、ないのですか。
黒 木:北海道医師会が斡旋している損保ジャパンの保険では、勤務医の過誤でも保険金が出るものがあります。また、勤務医が所属している学会(例えば、耳鼻咽喉科学会など)が、賠償責任団体保険への加入を勧めており、この保険を利用して示談した例もあります。
勤務医も自分で保険に加入して自衛する時代になったということでしょう。