医事紛争Q&A  (平成9年3月1日 北海道医報掲載)

「死亡事故と示談」 
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


私は開業医ですが、私の病院で医療事故が発生し、患者が急死しました。事故の原因は、大学病院から当直のため派遣して貰っているY医師の初歩的ミスであり、残念ながら弁解の余地はありません。患者の遺族は大変憤慨し、事件を警察に出すと言っています。私としては、至急遺族と示談をして、刑事事件にならないようにしたいのですが、どうすれば良いでしょうか。(院長X)


遺族と示談を成立させて、刑事事件を防ごうというお気持ちはよく分かります。その場合、病院が示談金を全額負担するのなら、病院の一存で示談出来ます。しかし、示談金を賠償責任保険から出してもらったり、事故責任者のY医師に負担させることをお考えなら、それなりの事前手続が必要です。その場合、検討すべき問題は、次の通りです。
@賠償責任保険が利用できるか。
 本件は、勤務医Y氏が起こした事故ですから、雇主であるX氏が加入しておられる日医の医師賠償責任保険(日医医賠責)は使えません。日医では、そのような場合に備えて、勤務医でも医賠責に加入できる道を開いていますが、勤務医で加入している人は、ごく小数です。しかし、病院が独自に北海道医師会で斡旋している賠償責任保険に加入していれば、勤務医の事故でも保険金が出ます。保険利用の手続賠償責任保険を利用する場合、日医や保険会社の了解なしに示談交渉を開始することは出来ません。そこで、至急、事故報告書を提出して指示を仰ぐ必要があります。
 指示が出るまでの間、遺族が告訴や提訴をしないよう、待ってもらわなければなりませんので、遺族に十分事情を説明し、理解を得ることが大切です。
A求償請求をするかどうか。
 病院が保険を利用しないで遺族に示談金を支払った場合、これをYに請求することができます。これを求償請求と言いますが、請求するつもりなら、示談をする時点で、Yを示談に立会わせておいた方が良いでしょう。
B相続人の確認
 相続人全員と示談を成立させる必要がありますので、相続人確認のため、相続人から戸籍謄本を提出してもらう必要があります。

【質疑応答】

A医師:医療事故でも刑事事件になるのですか。

黒 木:遺族は、業務上過失致死事件として告訴することが出来ますので、告訴が受理されれば、刑事事件として正式に捜査が開始されます。北海道の場合、弁護士がいない市町村が多く、遺族が弁護士に相談できないので、警察に変死事件として届出て、警察が病院に調査に来るケースも相当数あります。

A医師:病院に警察が来るのは、困りますね。

黒 木:捜査のために警察が来ようと、証拠保全のために裁判所が来ようと、あわてる必要はありません。ただし、診療録の記載不備や検査データやX線写真の紛失などがあると致命的な誤解を受けることもありますので、日頃からきちんと記録し保管する習慣をつけておくことが大切ですね。(Q&A第4回参照)

A医師:業務上過失致死罪では、誰がどの程度の処罰を受けるのでしょうか。

黒 木:処罰を受けるのは、病院ではなく、Y医師個人です。処罰は、懲役、禁錮の場合と罰金ですむ場合がありますが、前者の場合でも、執行猶予がつくのが普通です。