■ 医事紛争Q&A  (平成9年1月16日 北海道医報掲載)

「横暴な被害者」 
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


私が手術の際に初歩的ミスをしたために、患者に後遺症が出てしまいました。そこで医師会に事故報告書を提出し、日医の医師賠償責任保険を使って患者に賠償しようと思いました。ところが、患者の要求額に対して、日医からは、その10分の1以下で示談するよう指示がありました。患者はあまりに安すぎると言って憤慨し、病院に押し掛けて来て私のミスを非難し、誠意を見せろと怒鳴ったり、時には、夜中に自宅へ電話をかけてきて「おまえにも俺と同じ苦しみを味わわせてやりたい」とか「明日から医者をやめたら許してやろう。」などと言ったりするので、迷惑しています。私としては、自分の初歩的ミスで患者に迷惑をかけたわけですから、できれば患者と早く示談をまとめたいのですが、患者の要求が日医提示額とあまりにかけ離れているため、解決できず、毎日苦しんでいます。どうしたらいいでしょうか。


最近、本件のように、医師有責の医療事故で、損害額の認定が大幅に食い違うため早期示談ができない事例が増えています。その原因としては、患者の要求額が明らかに過大である場合と日医提示額が余りに安い場合とがありますが、いずれにしても、その調整は容易ではなく、素人同志が話合いをしても示談がまとまらないことが多いようです。本件の場合、示談がまとまらないために、患者さんの行動が次第にエスカレートしているようで、このまま放置すると恐喝事件に発展する恐れさえあります。速やかに弁護士に依頼された方がよいでしょう。

【質疑応答】

A医師:患者の請求額が日医の査定額の10倍もになるケースは、医師の過誤につけ込んで不当な金銭を取ろうとしているのでしょうか。

黒 木:そういう悪質な例もありますが、大部分は、損害の計算方法が分からないためでしょう。

A医師:双方が弁護士を頼んで弁護士同志が示談交渉する場合には、損害の計算にそれほど大きな食い違いは出ないのでしょうか。

黒 木:いや、弁護士同志でも数倍の違いが出ることがあります。患者側の弁護士は、被害者に密着していますから、どうしても後遺症を重く見たり、慰謝料を多めに算定する傾向があるのは、ある程度やむを得ないでしょう。その見解の相違を調整するために、裁判や調停などの法的手続きがあるのです。

A医師:今回質問のケースでは、夜中に脅迫電話をしてくるなど患者の態度は、横暴ですね。

黒 木:確かに行過ぎですね。最近、このような例が増えていますが、やはり医師の方には、自分のミスで被害を与えたという負い目があり、患者には、医師が真面目に診療をしてくれなかったからこんな目にあったという恨みがあるので、両者が冷静に話し合って解決するには、無理があるのでしょう。

A医師:横暴な患者に医師が対抗するための法的手段はないものでしょうか。

黒 木:第1に医師の代理人として弁護士を立てること、第2に患者の横暴な言動が止まないようなら、民事では仮処分や調停、刑事なら告訴などの法的手続きを取ることができます。

A医師:仮処分の内容は、どういうことですか。

黒 木:具体的には、違法行為を続ける患者に対し、裁判所が面談の強要や夜中の電話などを禁止する命令を出すのです。仮処分は本訴と違って、簡便な手続きで素早く結論が出ますので、極めて効果的です。このような仮処分は、暴力団や悪質な金融業者などの違法行為から市民を守るために活用されていますが、医事紛争でも利用できます。