■ 医事紛争Q&A  (平成9年1月1日 北海道医報掲載)

「医療施設事故」 
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


歩行障害と下肢冷感を訴え、糖尿病性神経症との診断で私の病院に入院中の患者が院内廊下で転倒しました。幸い骨折等には至りませんでしたが、本人から「廊下の清掃直後で、水分の拭き取りが不十分で滑って転んだ。下肢が痛くなったのはそのためだから誠意を示してほしい。」と言われました。病院として、どのように対応すれば良いでしょうか。


本件のような事故を「医療施設事故」と言い、通常の医療事故と区別しています。施設事故は、ベッドからの転落事故や廊下やトイレでの転倒事故窓やベランダからの転落事故、浴室や庭の池、噴水での溺死事故など様々です。日医医賠責は通常の医療事故のみを対象としていますので、施設事故は補償されませんが、北海道医師会であっせんしている医師賠償責任保険では、医療施設特約を付けることにより、医療施設事故も対象とすることができます。施設事故の責任を考える場合、問題となるのは、施設の安全性のレベルを健常者を基準に考 えるのか、病人を基準に考えるのかという点です。病院は病人のための施設ですから、施設の安全性のレベルは、原則として病人を基準としなければなりません。従って、本件転倒事故の現場である廊下が、清掃直後に病人が歩行しても安全な状態だったかが問題となります。
次に、通常の病人が歩行しても安全な状態だったとしても、本件患者は糖尿病のために歩行障害があったわけですから、訴訟になれば、患者側弁護士は、「歩行障害のある患者を付添いもつけずに自由に廊下で歩かせていた病院の責任」を追及してくるでしょう。これに対して、病院が具体的にどう反論するかが問題です。 現場状況や歩行障害の程度などの具体的事実に照らして、病院の正当性を十分主張できると判断される場合には、裁判も覚悟して患者の要求を拒否しなければなりません。しかし、施設事故処理の実務としては、損害額が少額の場合には、余り細かい議論をせずに、少額の示談金を支払って示談をするケースが多いのが実情です。本件の場合も、患者の損害額がさほど多額になるとは考えられませんので、北海道医師会あっせんの医療施設特約付医師賠償責任保険に加入しておられるなら、これを利用して示談することが望ましいと思います。

【質疑応答】

A医師:医療施設事故というのは、意外に多いようですね。

黒 木:大半が些細な事故ですので、これまで、余り注目されませんでした。転倒事故の殆んどは患者の自己過失による自損事故として処理されてきたからでしょう。しかし、最近では、転倒転落事故でも弁護士を立てて賠償請求するようになり、訴訟になる例もありますので、日頃から対策を検討しておく必要があります。

A医師:事故対策として、どんな点に気を付ければよいでしょうか。

黒 木:先ず第一に事故防止対策として、施設の安全性を病人を基準として、衰弱や痴呆、視力低下などで正常な行動ができない人でも安全に行動できるよう配慮されているかどうか点検し、少しでも問題があれば改善することです。 しかし、施設の改善には莫大な費用を要するので、すぐ実行できないことがありますし、どんなに施設を改善しても、医療施設事故を完全に防止することは不可能です。そこで、万一事故が発生した場合に備えて、医療施設特約付医師賠償責任保険に加入しておくことが、今後ますます必要になってくると思われます。