■ 医事紛争Q&A  (平成8年10月1日 北海道医報掲載)

「手術による失明」 ―加害型医療事故― 
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎


私は耳鼻科の医師ですが、慢性副鼻腔炎の患者に保存的療法として薬物による治療を続けていましたが、余り効果がないので、鼻内手術をしました。ところが、手術前には視力が正常だったのに、手術後右眼の視力がなくなり、眼科で治療しましたが、結局視力は回復しませんでした。患者は、視力喪失は手術器具の操作を誤って視神経を切断したか、切断しないとしても損傷したためだと言って、私に多額の損害賠償を要求してきました。しかし、私は、日頃から十分注意して手術しておりますので、手術器具の操作を誤って失明させたなどと言われるのは、承知できません。患者には、「失明の原因は、過去の手術のため服痕組織が強く、通常の場合よりも困難な状況にあったし、あなたの視神経が通常人より虚弱であったためであって、私の手落ちではない」と弁明しましたが、患者は納得せず、賠償金を払わないのなら裁判をすると言っています。どうすればよいでしょうか。


私は、本件のような医療事故を「加害型医療事故」と呼んでいます。麻酔をしたら患者がショック死したとか、血管にカテーテルを入れたら血栓が飛んで脳梗塞を起こしたとか、ファイバースコープで内臓を傷つけたというように、医療行為によって直接患者の生命、身体に害を加えたと判断される場合がこれに該当します。加害型医療事故の裁判では、裁判所は医師側に無過失もしくは医療行為と被害の間に因果関係がないことの主張、立証を求め、その証明ができないと、医師有責の判決をする傾向があります。しかし、無過失の立証は困難ですから、過去の判例でも、加害型の場合、医師側敗訴の例が多数あります。
 本件と同じ慢性副鼻腔炎の手術による失明の事件でも、裁判所は、医師の無過失を認めず、病院に損害賠償を命ずる判決をしています。(第一審東京地裁昭41・11・22判決、控訴審東京高裁昭44・5・30判決)従って、今回のケースもよほど明確な立証ができない限り、裁判では不利な結論が出る可能性が高いと思われます。
しかし、幸いなことに失明したのは片眼だけですから、患者さんも通常の勤務をしており、損害額もさほど多額になるはずがありません。患者さんの要求は、過大請求と思われますので弁護士に依頼して、請求金額を相当切り下げた線で示談に持ち込む方が賢明でしょう。

【質疑応答】

A医師:「加害型医療事故」という言葉は、初めて聞きましたが、他にも型がありますか。

黒 木:私は、診察治療に手落ちがあったために、病気の治療に失敗したという類型を「不成功型医療事故」と呼んでいます。虫垂炎を大腸炎と誤診して手術をしなかったために、穿孔して腹膜炎を起したというような場合です。同じ虫垂炎でも、これを正しく診断して手術のため腰椎麻酔をしたところ、馬尾神経を損傷したという場合には、「加害型医療事故」になります。

A医師:分類するメリットは、何でしょうか。

黒 木:法廷での事実上の主張、立証責任の点で、相当の違いがあるからです。加害型の場合は、医師が不可抗力の明確な立証をしない限り、無責とは認められないのに対し不成功型の場合には、医師の過誤についての一応の主張、立証責任が患者側にあり、医師がこれに反論、反証を提出するという形で訴訟が進行します。不成功型だから医師無責の判決になるとは限りませんが、加害型に比べると裁判で医師側の弁明が認められやすいといえましょう。