■ 医事紛争Q&A (平成8年9月16日 北海道医報掲載)
「医師の証人出頭義務」
北海道医師会 顧問弁護士 黒木俊郎
Q
ある事故の被害者Sを入院させて治療し、Sの要請で診断書を発行しました。ところが、Sの退院後半年くらいしてから、裁判所から私に証人として法廷に出頭するようにという呼出状が来ました。尋問事項によると、裁判所は、Sの症状や治療経過の詳細を聞きたいようです。しかし、私の病院から裁判所まで車で往復3時間もかかりますので、入院患者を置いて出頭するのは無理ですから、断ろうと思いました。ところ、呼出状には、出頭しないと制裁があるという脅し文句が書いてあります。どうすればよいでしょうか。
A
証人の呼出状は、刑事訴訟法、民事訴訟法に基づくものですから、善良な市民としては、これに応ずるべきものです。正当な理由がないのに拒否すると、罰金や過料などの制裁があるほか、「勾引」といって警察力を使って裁判所へ連れてくることもあります。しかし、医師が入院患者を置いて裁判所へ出頭したために医療事故が発生した場合、裁判所が代わりに責任をとってくれるかといえば、そんなことは全く期待できません。入院患者の立場から見れば、院長が証人として裁判所へ出頭するのも、ゴルフに行くのも、患者を放置したという点では、同罪です。したがって、出頭のために病院を留守にするのなら、代わりの医師を確保するなど医療事故防止に留意する必要がありますし、それができないのなら、出頭を拒否するほかありません。医師が出頭困難な場合、裁判実務では、裁判官の方から病院に出張して来て、病院の会議室、院長室などで証人尋問を実施する例が珍しくありません。今回の場合も、裁判所の担当書記官に電話して出頭できない事情を説明し、出張尋問を要請するとよいでしょう。
【質疑応答】
A医師:最近、医師が証人として裁判所に呼出されることが、多くなったそうですね。
黒 木:そうです。生命保険や損害保険がからむ事故では、保険会社が診断から治療内容まで何か問題がないか、保険金の支払いを拒絶もしくは減額する理由はないか、と目を光らせていますので、医師の診断書だけではすんなり解決せず、医師自身が法廷で証言しなければ、決着がつけられないケースが増加しているようです。刑事事件でも、医師の証言によって被告人が無罪になったり、別が軽減されることもあるので、弁護人としても医師の証人尋問に活路を見出そうとすることもあるのです。
A医師:実は、私も先日、証人として呼出されました。書記官に電話して出頭を断わろうとしたのですが、書記官から「先生、大して時間をとらせないから是非出て下さい。」と説得され、仕方なく法廷で証言してきました。
黒 木:それは、書記官が一枚上手でしたね。裁判所に喜んでくる証人はいません。出頭を渋る証人を説得して法廷に出て来させるのが書記官の役目ですから、そう簡単に引き下がるはずはありませんよ。出張尋問を要請するのなら、出頭できない事情をきちんと説明し、そのうえで、法廷で証言することは「絶対無理」だが、病院まで来てくれれば、必ず証言すると申出るべきです。書記官は一応出頭するよう説得はしますが、出頭できない事情が入院患者の診療など納得できるものなら、裁判官に報告して出頭場所を病院に変更してくれます。