新・医事紛争Q&A (北海道医報 平成19年4月号掲載)

第7回 「異状死体届出義務」   
               北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎

私の病院では,医師法21条による異状死体の届出義務について院内統一基準を作るため検討しています。しかし,医療関連死にも多くのパターンがあり,統一見解を出すことは容易ではありません。ついては,下記の症例において,死体を検案した医師に届出義務があるかどうか教えてください。

症例@ 薬剤副作用による死亡
 例 投薬直後に患者がアナフィラキシーショック(推定)で急死した。

症例A 検査合併症
 例 ERCP検査実施後に重症膵炎を生じ,ただちに治療をしたが,数週間後に
   患者が死亡した。

症例B 手術合併症
 例 ポリペクトミーで腸管穿孔を生じ,開腹手術をしたが,数日後に患者が死亡した。

症例C 麻酔事故
 例 手術のため全身麻酔を行なったところ容態が急変し,ただちに救急蘇生術
   をしたが,患者が死亡した。

症例D 虫垂炎の見逃し
 例 胃腸炎の診断で他院に通院していた患者が腹痛を訴えて当院を受診した。
   当院では,急性腹症として開腹手術をしたところ,虫垂炎が判明したが,
   すでに腹膜炎が重症化しており,患者は死亡した。当院には過誤はないが   ,前医の診療に過誤があった可能性があると思われる。

症例E 癌の見逃し
 例 精神病で長期入院していた患者が肺がんで死亡した。遺族は,もっと早期   に肺がんを発見すれば助かったのではないかと主張している。

症例F 誤嚥
 例 入院患者が夕食に食べたダンゴが喉に詰まったので,医師・看護師が
   駆けつけたが,除去に手間取っているうちに患者は窒息死した。

症例G 転落
 例 患者が病室の窓から転落して死亡した。


@ABCは,医療行為が原因となって患者が死亡したという意味で加害型医療事故であり,病死(内因死)とは言えない。よって,医療過誤の有無にかかわらず,原則として届出義務がある。
DEは,死因としては病死であるから,原則として届出義務はないと考える。しかし,「医師が適切な診断をしていれば死亡を防ぎ得た可能性がある場合には医療関連死として届出るべき」とする法律家の見解もあるので,届出を選択してもよい。特にEは,遺族の疑問解消のため届出をすることが望ましい。Dで届出をする場合は,前医や遺族と協議した方が良い。
Fは,誤嚥事故死であって病死ではないから,医療側に過誤がなくても,届出義務がある。
Gは,転落事故死であって病死ではないから,医療側に過誤がなくても,届出義務がある。


【質疑応答】
医師会のA理事:日本法医学会のガイドライン(平成6年5月)では医療関連死の届出義務を広く認めていますが,日本外科学会の声明(平成13年4月)など対立する見解もあり,医療現場は揺れています。

弁護士:臨床医は警察の介入を嫌うので,異状死体の届出に消極的です。そのため,東京都立広尾病院事件,福島県立大野病院事件など,医師法21条違反で摘発される事件が増加しており,危険な傾向だと思います。

A理事:症例@〜Gについて,道医師会役員の皆さんの見解を聞いてみたのですが,届出義務に否定的な答えが多いので驚きました。

弁護士:医療側が届出義務なしと主張しても,警察・検察には通用しません。「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を利用した場合,異状死届出義務の免除が望ましいのですが,警察庁の了解が得られませんでした。

A理事:医師法21条違反で逮捕者まで出る時代ですから,日本法医学会のガイドラインのように積極的に届出をする方がよいですか。

弁護士:そうですね。医師が届出をしないのに遺族が届出をし,警察が先に遺族の訴えを聞くような展開になると,医師が医療過誤を隠蔽しようとしたという疑惑を生みますので,捜査は極めて厳しいものになる恐れがあります。

A理事:そうなると,DEの症例でも届出をする方が無難でしょうか。

弁護士:遺族が警察に届出る可能性がある場合には,DEの症例であっても,届出について遺族の意向を尊重することが望ましいと思います。

A理事:@〜Cの症例は,必ず届出なければなりませんか。

弁護士:いいえ。遺族の同意を得て病理解剖を実施し,医療過誤がないことを遺族が納得したので,警察には届出をせずに解決した例も多数あります。