新・医事紛争Q&A (北海道医報 平成19年1月号掲載)
第4回 「治療費の滞納」
北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎
Q
最近治療費の不払いが増えています。先日も当院でCTやMRIの検査をした患者Aに会計係が健康保険診療報酬自己負担分の請求をしたところ,「こんなに多額になるとは思わなかった。持ち合せがないので払えない。多額になることを事前に教えてくれなかった病院が悪い」と言って払わずに帰ってしまいました。その後,請求書を送りましたが,支払いません。当院としては,患者の支払拒否を放置できないので,法的手続きをとりたいと考えています。次の点について教えてください。
1 裁判になった場合,多額の検査料がかかることを事前に教えなかったことが,当院の落度になるのでしょうか。
2 治療費を取り立てるための法的手続きとして,どのような手段がありますか。
A
1 落度にはなりません。
保険診療の自己負担分が多額になることが予想される場合,事前に患者に概算額を知らせててあげることは望ましいことです。しかし,患者が質問もしないのに病院側から積極的に概算額を知らせる義務があるとは言えません。
例外として,保険診療で認められていない特殊な検査や治療を行う場合には,その必要性や費用の説明をして承諾を得たうえで実施する義務があると考えられます。
2 病院は次のような法的手続きを取ることができます。
@民事調停(簡易裁判所)民事調停法
A支払督促(簡易裁判所)民事訴訟法382条〜402条
B少額訴訟(簡易裁判所)民事訴訟法368条〜381条
C通常訴訟(請求額が140万円以下なら簡易裁判所,140万円を超える と地方裁判所)
@は調停ですから一番穏やかな手段であり,ABCの順に厳しくなります。手続の詳細については,地元の裁判所に電話でお聞き下さい。簡易裁判所では@〜Bについて説明パンフレットを無償で配布しています。
【質疑応答】
医師会のA理事:最近治療費の不払いが増えており,各医療機関が対策に苦慮しています。住宅ローンやクレジットの支払はきちんと実行しているのに,病院への支払は踏み倒そうとする患者もいます。
弁護士:これまで病院が厳しく取立てをしなかったので,甘く見られているのかも知れませんね。
A理事:厳しく取立てをしなかったのは,悪評を恐れていたからです。しかし,そのため治療費滞納が増加し,病院の経営を脅かす時代になりました。もはや法的手段も辞さずという感じです。
弁護士:法的手段を取るのなら,時効を忘れてはなりません。治療費請求権については,民法第170条で3年という短期消滅時効が定められていますので,診療の終了から3年間放置すると請求権は消滅します。
A理事:3年間支払わないと債務を免れることができるのですか。
弁護士:債務の承認,差押,裁判上の請求など時効中断の事由がない限りそうなります。(民法147条)
A理事:当院では毎月請求書を送っていますが,それでも時効になりますか。
弁護士:内容証明で請求書を送っても6ヶ月内に裁判上の請求など法的処置を取らない限り時効中断の効力はありません。(民法153条)
A理事:当院でも法的手続きを取りたいと思いますが,@〜Cの手続のうち,素人が自分でできるのはどれですか。
弁護士:@〜Bはご自分でできますので,弁護士を依頼する必要はありません。特にAの支払督促は訴訟ではないので法廷を開きません。書面審査だけで書記官が支払督促を債務者に送達してくれるので手軽で迅速です。しかし,債務者が2週間以内に異議申立てをすれば訴訟に移行します。また,異議申立てがない場合には,債権者が30日以内に仮執行宣言の申立てをしなければなりません。詳しいことは,裁判所発行の説明パンフレットを見てください。
A理事:病院事務員でも手続ができますか。
弁護士:裁判所は日本一親切な官庁です。裁判所の窓口でも指導してくれますので,病院事務員でも大丈夫です。
A理事:裁判をしても相手が支払わない時は,どうなりますか。
弁護士:強制執行をします。給料や預金などの債権差押や土地建物の競売などが効果的です。それでも回収できないときは,回収不能として税法上損金に計上することができますので,裁判をするメリットはあります。
A理事:裁判といえば,病院は医療事故などで被告にされることしか考えていませんでしたが,今の時代には,病院が原告になって裁判所を利用する側に回ることも必要ですね。