新・医事紛争Q&A (北海道医報 平成18年12月号掲載)

第3回 「遺族からの診療録開示請求」 
              北海道医師会 顧問弁護士 黒 木 俊 郎
              医療訴訟担当弁護士    坂 本 大 蔵

当院では,胃癌と診断した患者Aさんを手術のためB病院に転医させました。数ヵ月後,Aさんの妹と名乗るCさんが来院し,「AさんはB病院で手術を受けたが死亡した。遺族としてB病院の責任を問いたいので,貴院の診療録,検査成績表,X線写真,CT画像を借して欲しい。」と要求してきました。どのように対応すればよいでしょうか。
診療情報開示制度は,医師と患者が,診療情報を共有することにより信頼関係を保ち,共同して疾病を克服することを目的としています。ところが,遺族がB病院の医療過誤責任追及のために前医の診療録等の開示を請求するのは,上記の目的外のことであり,病院側には応ずるべき法的義務はないと考えられます。厚生労働省の指針(平成15年9月12日 医政発第0912001号)では,患者が死亡した場合の開示対象について「患者の配偶者,子,父母及びこれに準ずる者」と規定していますが,これも一応の指針であり,法的義務を定めたものではありません。
法的義務がない以上,応ずるかどうかは病院の裁量次第です。私見では,妹のCさんは厚生労働省指針の「これに準ずる者」にも該当しないので,応じなくても何ら問題はないと考えます。
なお,病院が積極的にCさんに開示する場合には,運転免許証や戸籍謄本を提示させてCさんの身分とAさんとの続柄の確認をする必要があります。確認できた場合でも,医師法24条2項が診療録等の5年間保存を義務付けていますので,原本の貸出しはできません。コピーを渡す場合には,X線写真やCT画像の謄写には多額の費用が掛かることを伝え,謄写費用を前払いしてもらう必要があります。

【質疑応答】

医師会のA理事:診療録の開示は活用されているのでしょうか。

弁護士:日本医師会は,平成11年に「診療情報の開示に関する指針」を発表しましたが,開示に積極的な一部の病院以外では患者からの開示請求はほとんどありません。逆に,想定外の遺族からの開示請求が少なくないので,日医は平成14年に法定相続人に限定して診療記録の開示を認める指針を出しました。しかし,遺族への開示は,診療情報開示制度の本来の趣旨を逸脱したものですから,私は余り賛成できません。

A理事:遺族が開示を請求するのは,どんな場合でしょうか。

弁護士:先ず,第1は,医療過誤訴訟の資料収集,平たく言えば,診療や介護の落度を探す目的です。しかし,その目的のためには,民事訴訟法のカルテの証拠保全制度がありますので,これを利用すべきです。第2は,遺言の有効性に関する紛争など遺産相続を巡る相続人間の紛争について,当事者が自分に有利な資料を集める目的です。これも,民事訴訟法が文書送付嘱託や調査嘱託の制度を設けていますので,これを利用すべきです。

A理事:診療録を親族に開示するにはどのような点に注意するべきですか。

弁護士:患者が生存している場合には,患者本人の同意が必要です。同意を得ずに親族など第3者に診療録を開示すると,個人情報保護法違反となり,損害賠償責任を負う可能性があります。

A理事:患者が死亡している場合はどうですか。

弁護士:個人情報保護法は「生存する個人」を対象にしているので,死後に第3者に開示しても個人情報保護法違反ではありません。しかし,病院の守秘義務,患者のプライバシーの尊重という観点から,第3者に開示しないのが原則です。厚生労働省の指針では,遺族の開示請求につき「配偶者,子,父母及びこれに準ずる者」には開示しても良いことになっていますが,これも法的義務を定めたものではなく,一つの判断材料に過ぎません。

A理事:回答の中で,妹のCさんは指針の「これに準ずる者」には該当しないと述べておられますが,そう解釈されるのは何故ですか。

弁護士:遺族への開示は,診療情報の共有により患者と共同して疾病を克服するという制度目的を逸脱していること,安易に開示すると病院が遺族間の紛争に巻き込まれる可能性があること,裁判でどうしても必要な文書なら,病院が開示しなくても,裁判所が文書送付嘱託や証拠保全を行うことなどの理由から,指針は限定的に解釈すべきだと考えるからです。

A理事:患者が意識不明や認知症の場合に親族に開示してよいでしょうか。

弁護士:成年後見人制度を利用するよう説明し,親族が成年後見人に就任してから開示する方がよいと考えます。